追悼:オスバルド・ファトル-ソ その2

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URUGUAY ウルグアイ

前回に続き、2012年7月29日に惜しくも64年の生涯を閉じたウルグアイ屈指の名ドラマー、オスバルド・ファトルーソ Osvaldo Fattorusoについての私見その2です。

オスバルドの演奏を初めて聞いたのは1999年頃。
兄・ウーゴ・ファトルーソ Hugo Fattorusoの歌とキーボード演奏のバックで渋くも光る独特なドラムさばき、その名人芸ぶりを未熟な私は最初よく理解出来ませんでした。

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(↑2008年来日時のPRフォトより。ここの表記ではミドルネームのJorgeと表記されているオスバルドですが、本名はJorge Osvaldo Fattorusoであるため間違いではありません)


ブエノスアイレスの中心コリエンテス大通りに面した音楽通のショップ、ガンディー Gandhiで面出し陳列されたウルグアイ音楽CD群に羨望の眼差しを向け、少しずつ聞き初めていた頃だったので、どちらかと言えば派手なカンドンベのリズムやパーカッシブなサウンドの方に気を取られていたのだと思います。
(このガンディーという店については別の機会に書きますが、とにかくブエノスアイレス音楽シーンに多大なる影響を与えた伝説の店であることは間違いないでしょう)

当時アルゼンチンでは隣国とはいえウルグアイ音楽のCDを入手するのは至難の業。1つにはウルグアイの物価が高くその中でもCDが高価であったことが理由だと思われます。
ですから首都ブエノスアイレスにあってもウルグアイ音楽はポップス系アルゼンチン・ライセンス盤が多少聞けるのみでした。
そんな中、現地から直接音源を買付・販売していたこの気骨あるショップに並ぶオーパ Opaやロス・シェイカーズ Los Shakers、エル・キント El Kinto、そしてウーゴ・ファトルーソ Hugo Fattoruso & ルベン・ラダ Ruben RadaのLP復刻CD音源やアメリカ発売のウーゴのソロアルバム「Homework」と数枚のエドアルド・マテオEduardo MateoのCDなど(今でこそ日本でもよく知られていますが)ウルグアイ音楽の王道的音源の数々は当時ブエノスの大手CD量販店でもまず買えない貴重なCD群であり、お値段も高価過ぎて私のようなボランティアの身には到底買えないので試聴するのもおこがましいほどに高値の花でした。
何が言いたいかというと、隣国であっても当時アルゼンチンではウルグアイ音楽を熟知し愛好する人は少数派という印象でした。タンゴなどに出てくるブエノスアイレスのカンドンベの方がブエノスっ子の認知度は高かったんじゃないかと思います。


そんな中、幸運な偶然の出来事がありました。
たまたま日本から来た音楽関係者らと共にウルグアイのモンテビデオを旅し、ウーゴ・ファトルーソ宅を訪問したり、ウルグアイのスーパースター、ルベン・ラダやウーゴの息子フランシスコらに会い、カンドンベ太鼓のジャマーダ路上体験やアフロ・ウルグアイ音楽の生体験など、といった夢のような体験をする機会を得たのです。

翌年ウーゴから「今度ブエノスアイレスでトリオ・ファトルーソの演奏をするけど聞きに来るか?」と光栄過ぎるお誘いを受け(当然ですが)2つ返事でOK、当時夜のコンサートへ行く時は必ず複数で行くようにしていたのですが、この日は同行者がおらず薄暗く細長いジャズ・フュージョン・バーへと無謀にも勇気を振り絞って一人で向かいました。
大型のアート写真集がたくさん陳列されたブックカフェ・バー的なその店にギュウギュウ、いっぱいいっぱいな感じでドラムセットが置かれ、初の生トリオ・ファトルーソの演奏を聞いてぶっ飛びました。

自分の人生を左右するような音楽・・・

そういうものにまさに出遭った瞬間でした。
その時はただ語彙が貧弱で格好いいという言葉とともに感動で打ち震えたのみでした。
このライブ体験をきっかけにウルグアイ音楽の底なし沼的音楽世界から浮き上がることなくはまったまま早12年が経過、その後も浴びるように聞きどっぷりとその魅力に取り憑かれることとなりました。
たくさんたくさん聞いたウルグアイのライブ演奏やCD音源、その常に最前線で活躍してきたウルグアイ音楽界ドラマーの最高峰がホルヘ・オスバルド・ファトルーソです。


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Trío Fattoruso en "La Bohemia(Gary's)" de Nagoya, JAPON en 2008.




残された映像からオスバルドの足跡を追ってみます。




Festival de Jazz en Bariloche - Cerro Catedral 16 de Octubre de 2000


2000年10月16日アルゼンチン・パタゴニア地方に位置する「南米のスイス」と呼ばれる山と湖と雪の美しい町バリローチェで開催されたジャズ・フェスティバルにトリオ・ファトルーソで出演した時のカテドラルの丘での伝説の演奏。トリオ・ファトルーソ再結成を印象づけた。

Hugo Fattoruso (piano - Keyboard)tamboril Repique
Osvaldo Fattoruso (Bateria - Drum)tamboril Piano
Francisco Fattoruso (Bajo - Bass)tamboril Chico
ピアノ・ベース・ドラム、およびレピーケ、ピアノ、チコからなるカンドンベ3種の太鼓を演奏。



一時ウルグアイを離れアメリカやブラジル等国外で活動していたウーゴはモンテビデオに戻り、息子フランシスコも定期的に南米で音楽活動するようになった結果、忘れられつつあったトリオ・ファトルーソはバリローチェのフェスティバル後、再び脚光を浴びるようになります。
そして多数のアルゼンチン人アーティストたちからオーパやロス・シェイカーズといった黄金時代さながらの尊敬と共演オファーを受け、ウーゴはピアノ・ソロ曲集CDをアルゼンチンから発売したりアカ・セカ・トリオ Aca Seca Trío等若いアーティストたちに楽曲提供したり共演するなど活躍します。
オスバルドの活躍はウーゴほど目立ったものではありませんでしたが、二人の朋友であるダニエル・マサ Daniel Mazaとタッグを組んで、例えばウルグアイ・ロックのスーパースター、ハイメ・ロス Jaime Roosのライブなどで骨太な真似の出来ないウルグアイ独特のリズム演奏でなど職人らしい仕事でアルゼンチン&ウルグアイ音楽界を支え続けます。

常に言葉数の少ないオスバルドでしたが、ドラム奏法レクチャーの映像が残っています。

Osvaldo Fattoruso | Candombe en bateria


「オスバルド自身によるカンドンベ・ドラム奏法のレクチャー」
ウルグアイの音楽番組に紹介されたもの
(MPU = Musica Popular Uruguaya ウルグアイ・ポピュラー音楽)



Trio Fattoruso - Can 2(Can Dos)


ウルグアイのTV ciudadでライブ放送されたトリオ・ファトルーソによる再骨頂の演奏。
このトリオがもう聞けない、というのは信じがたい




そして、
オスバルドの素晴らしい演奏、とは別カテゴリーですが、私の一番のお気に入り映像はこれ。

Transforma - Clip Mariana Ingold


かつての伴侶/音楽パートナーであった女性歌手のマリアナ・インゴルド Mariana Ingoldo が子どもたちと歌う楽曲のビデオ・クリップにスキップしたり、歌ったり、オットセイに変身したりするオスバルドおじさん。
サービス精神旺盛で子どもを愛するおちゃめなオスバルドの姿が垣間見られます。



関連URL:
http://tanimon.com.ar/mpa.html

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